最終更新日:2001.11.01
2001年10月の日記
2001年10月28日(日)
昨日、美里ファン友達(二人)と逢うために渋谷に行きました。
逢う事は前の日から決まっていたのですが、何をするかは知りませんでした(爆)
新宿での用事を済ませ、その友達に電話をすると
「代々木公園まで来られます?」
すみません、田舎者なんで一人では行かれません(爆)
「駅から渋谷公会堂へ行く道、分かります?」
なんとなく。(苦笑)
「公園通りを来てください」
・・・・公園通りって何処だっけ?(核爆)
○|○|を左に折れていく道と聞いてやっと分かったのでした(爆)
っていか、「渋公への道」=「公園通り」ということが理解できてませんでした(苦笑)
#いまだに「スペイン坂」の位置も分かってないよな私です(-.-;)
途中のコンビニ前で友達と合流すると、そこにはギターが一本。
ほげ??
ここでようやく、本日やることを聞きました。
「代々木公園で歌う」。
近くのモスバーガーでご飯を買って、公園内でとりあえず食事。
食べ終わったあと、場所を求めて移動。
しかし、いい場所が無かったので結局、
ご飯を食べた場所に舞い戻ったのでした(笑)
私がストリートで歌うのは自殺行為と言うか、犯罪に近いものがあるので(自爆)
とりあえず聴き役&リクエスト係り(笑)に徹してました。
たまに、口ずさんだりしてましたけどf^-^;)
歌った曲は殆どが美里の歌。
すんごく楽しかったです!まじで。
3時頃から6時半くらいまで、ずっと歌いっぱ。
最近、再び「楽器やりたい病」が再発している私を、
さらに触発するには充分な時間でした。
この後、さらにもう一人と合流して晩御飯。
晩御飯後もまだ時間がちょっとあるということで、田園都市線で一駅の池尻大橋へ。
三宿に「NutsBar」(ナッツバー)というバーがあるのです。
折角なのでここへ行こう、ということになったのです。
#【NutsBarの解説】
#三宿の交差点すぐ側にあるバー。
#中はいわゆる普通のバーなんだけど、
#かかってるBGMが70年代、80年代の歌謡曲中心という、
#私たちの年代にはたまらないお店。
#(人から聞いた話では)ここにSOY(佐橋さん、小倉さん、八千代さん)の3人が飲みに来た時に
#かかる曲ほとんどに対して佐橋さんか小倉さんのどちらかが
#「俺、これ弾いてる」というので、八千代さんが
#「この人たち、何者??」と思ったという場所(笑)
#ちなみに、店長(?)が佐橋さんのファンだという噂もあり。
店内に入ると、以前来た時とはすこし内装が変わってましたが、雰囲気は最高。
で、BGMはやはりなつかしの歌謡曲。
お酒を飲みながら「この曲、懐かしいねぇ」なんて話をしていたら
帰る間際に「My Revolution」が!!(嬉)
行ってよかった・・・(笑)
大満足な1日を過ごしたのでした。
次にNutsBarに行く時は、もっとゆっくり時間をとって行きたいですね。
近所の「壺焼印度カレー」もセットで(笑)
#【壺焼印度カレーの解説】
#三宿の交差点すぐ近くにあるお店。
#本当はビストロ喜楽亭という名前みたいですが、
#外の看板に「壺焼印度カレー」(本当は全部漢字)とあるし
#メニューもほとんどがカレーなので、カレー屋さんなのでしょう、きっと。
#ここのカレーパン、物凄く美味しいです。
#(人から聞いた話では)佐橋さんと小倉さんも来たことあるとか。
#カレーとワインで飲み明かしたという噂も(爆)
2001年10月19日(金)
どうも「今日はこれを書こう」という日記ネタを家の持ち帰っても
実際パソの前に座ると「んー・・・」と悩んで、結局書かなかった管理人です。
決して書く内容を忘れた訳ではありません(笑)
昨日一日、ずっと泣きそうでした。
別に悔しいとか、悲しいとか、仕事でミスしたとか、はたまた嬉しいとか、
そんなんじゃなくってただ単純に「泣きそう」でした。
ま、もともと涙腺は緩い方だと思うので(苦笑)泣きそうになること事態は良くあるのです。
でも、特に昨日の症状はひどかったですね。
私、感動とかで泣きそうになると、こめかみから前頭葉にかけてが
締め付けられたように痛くなるんです。
昨日はこれが一日中ずっと。
ま、原因はなんとなく分かるんですけど。
先日、友達が教えてくれたサイトがありまして、そこが私の琴線に激しく触れたのです。
それからというもの、そのサイトに載ってる言葉だとか写真をふとした拍子の思い出すと
もう止まらなくなってしまうんです。
自分でもビックリ(笑)
うーむ、歳か?(爆)
2001年10月16日(火)
日付は16日になってるけど、実はすでに17日になって2時間が経とうとしています。
頭は「眠い」と言っているけど、体がついていきません(苦笑)
「秋の夜長の・・・」って感じでしょうか(意味不明)
そんなわけで(どんなわけで)SOLID BRASSを聴いてます。
理由は「一番近くにあったから」(爆)
何でもいいから、音楽が欲しかったんです。
音楽がないと生きていけない私です。
でも、さすがに寝ないとやばそうなので、寝る努力をします。
たぶん(笑)
なんか、今日の日記、変だぞ?(苦笑)
2001年10月13日(土)
ジャン・アレジ、引退。
この報道を聞いたとき、かなりショックを受けました。
絶対来年も走るものと思っていましたから。
詳しくない方は「ゴクミの旦那さん」くらいしか知らないかもしれませんが。
アレジ選手は'89年のフランスGPでティレルからデビュー、いきなり入賞。
翌'90年の開幕戦アメリカGPでは市街地コースという抜きにくい場所で
当時最強を誇っていたマクラーレン・ホンダのセナ選手にバトルを挑み
抜きつ抜かれつの大接戦を演じました。
F1初観戦(TV)だった私には、このアメリカGPの印象が強すぎ(笑)
この年のオフにはフェラーリへの移籍が成立。
ま、ウィリアムズとの二重契約問題なんかもあったりしてゴタゴタしましたが。
何はともあれ、フェラーリ移籍、そして99戦目の初優勝。
もしかしたら、この時がアレジの最盛期だったかもしれません。
以後は走らないマシンに悩まされ、年齢も重ね、そして突然の引退発表。
私がF1を見始めたときに走っていた選手は、これで一人もいなくなります。
明日の決勝は、TVにかじりついて、その走りを目に焼き付けておきたいと思います。
2001年10月10日(水)
というわけで本日、目出度くカウンターが100,000を越えました。
初公開は1997年の10月ですから、ちょうど4年で達成した事になります。
始めた頃はどうなる事かと冷や冷やしましたが(苦笑)、
これもひとえに、何度も足を運んでくださる皆様のお陰だと思っております(感謝)
思えば、私なんかのページがここまで続くとは、
管理人自身が驚いています(爆)
だって、当初は何の脈絡も無く
「競馬・当たらない重賞予想」(週更新)
なんてのもやってましたからね(自爆)
あれを辞めたのが良かったのかもな(汗)
てなわけで、これからものらりくらりと更新していくと思いますので
皆様方も宜しくお願いいたしますm(_ _)m
2001年10月09日(火)
私が住む街には、モノレールが南北に走っています。
今日は仕事で外に出たので、帰りにそのモノレールに乗ったのです。
このモノレール、最近出来ただけあって自動運転なんですけど、
今日はやたらと揺れたのです。
それも、いわゆる電車の揺れではなく、
アクセルとブレーキを同時に踏んだみたいな、
ガックンガックンいう揺れだったのです。
そんな中、本を読んでいた私は、物凄く三半規管に支障をきたしたのでした(爆)
2001年10月05日(金)
今朝、電車の中で見た凄い人。
私は降りる時に便利なように、電車の一番前に乗ります。
当然今日も一番前、運転席の直ぐ後ろに立っていました。
どこの駅からかはよく覚えていないのですが、
隣に一人の人が立っていました。
その人は、なんか段々と低くなっていくのです。
で、思い出したようにまたもとの高さに。
そう、立ったまま寝ているのです。
その格好がまた段々と凄くなっていきます。
はじめは壁に寄りかかって寝ていたのですが、
そのうち顎が上がり始め、顔が完全に天井を向きます。
口は半開き。
頭の重さで体が後ろに倒れ掛かり、
そこにいた男の人に寄りかかってるではありませんか。
少しして、気が付いたのかまた壁に寄りかかって寝る
、、、っていうか寝っぱなし。
また顎が上がり始め、顔が完全に天井を向いて、
今度は向こう側の男の人に寄りかかり。。。
この繰り返しのまま新宿駅到着。
この時も後ろの男の人に寄りかかっていたのですが
その人が降りたので起きたようです(苦笑)
ここまで来ると、非常に迷惑です。はっきり言って
ちなみにこの人、女性です。
眠いのはわかるんだけどさぁ、もうちょっと何とかならなかったんでしょうか?
2001年10月01日(月)
今年のプロ野球は、ホントに多くの名選手が引退しますね。
昨日の試合では巨人の斎藤投手、槙原投手、村田捕手の引退式が。
今日の試合では阪神の和田選手が。
そして先ほど、日刊スポーツのサイトを見て知りました。
西武の西崎投手も引退。
西崎投手は1987年のドラフト1位で日本ハムに入団。
同期には近鉄が1位指名した阿波野投手。
阿波野選手の活躍があまりにも凄かったので陰に隠れてしまったのですが
#なにしろルーキーの年は、パ・リーグがあの「10.19」で盛り上がった時。
最多勝を取り、会長特別賞を受賞しました。
一部では、阿波野投手と共に20世紀最後の200勝投手になるのでは?
と言われていたのですが。。。。
度重なる怪我などにより思うような成績が残せなくなり、西武に移籍。
その後は抑えに先発にと、若手にも負けない活躍をしていました。
一部にはご存知の方もいらっしゃるかと思いますが
私は思いっきりパ・リーグファンです。
はじめは西武を応援していたのですが、例の「10.19」を見て以来
一つのチームに拘るよりも、リーグ全体を応援しようという気になったのです。
近鉄が奇跡の追い上げを見せた、あの年。
最終戦で1点を取るたびに飛び上がって、転げまわって喜んでいたコーチ、選手たち。
あまりの感動で試合が終わった時には言葉が出なかったほどです。
この年の日本シリーズは、西武が制しました。
日本一が決まったあとの会見で語った石毛選手。
「これでやっと、近鉄の選手たちに顔向けが出来ます。」
これからも、手に汗握る戦いを見せてください。
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