最終更新日:1999.06.05
1999年5月の日記
1999年5月21日(金)
今日、生まれて初めて「ホテルのランチ」というものを体験してきました。
会社の近くの某ホテルだったのですが、、、、なんか、凄いですね(笑)
昼からあんな豪華なものを食べたのは初めてかも(爆)
そのまんま「ディナーメニューです」って出されても不思議じゃないものでした。
当然、値段もそれなりに取られるのですが、たまにはいいかもって思ってしまいました。
しかも、昼から「チョコレートパフェ」なぞ食べてしまって、、、ご満悦でした(爆)
最近、なにかとパフェづいていて、気がついたらここ一週間で5回目くらいでした^^;
男がパフェを嬉しそうに食べる姿、、、たぶん周りから見たら奇妙でしょうね(自爆)
昔(と言っても、幼稚園とかその頃)はちょっとでも甘い物は食べられなかったのに、、、何が私をこうさせたのか。。。。
さて、来週は待ちに待ったオーチャードでのコンサートです。
こういう趣向のコンサートは初めてなので、とっても楽しみです(^-^)
私は両日とも行くので、見かけたら気軽に声を掛けて下さいね。
1999年5月19日(水)
ありゃ、気がつけば10日も更新が止まってた^^;
やばいやばい・・・・。こんなはずじゃなかったのに(汗)
てことで、ここんとこの出来事をまとめてご紹介(苦笑)
この前の日曜日、「多摩レンジャー」の皆さんと多摩動物公園に行ってきました。
私は、ホントに久しぶり(20年ぶりくらい?)だったのですが、
とても楽しかったですよ。当時はいなかったコアラも見られたし(笑)
昆虫は楽しそうに飛んでるし(爆)
今度は、もっと暖かくなってから行きたいですね。
あと1週間でオーチャードですが、、、なんか、とんでもない席が当たったみたいです(汗)
2日目なのですが、えぇ、もう。どうしようもないくらいとんでもなかったです。
知り合いに頼んだのですが、チケットが届いたという報告が携帯の留守電に入ってまして、、、
「今晩は、○○です。オーチャードのチケットが来ました。1階○列××から△△番です。でわ」
って、、、やけに冷静な電話でした(笑)私は、、、暴れてました^^;
それにしても、どうして2日目に。。。。^^;
2日目って、あの人が。。。。。(謎)
1999年5月9日(日)
昨日になるのですが、久々にラグビーを生で観てきました。
先週開幕した「Pacific Rim」の「日本vsトンガ」の試合だったのですが、、、凄い試合でした。
あんな試合、初めて観た。。。。(爆)
反則が多くて、PGばかりで点が入る、、、これはよくあることだからまだ良いとして、、、
#でも、SO広瀬選手の1試合9PG成功は世界新記録だそうで(笑)
試合そのものが荒れてましたねぇ。。。開始直後からトンガがラフプレーの連続。
密集作れば殴ってるし(汗)、タックルは高い(ほとんどラリアット状態)し(汗)、、、、
挙げ句の果てには「アンフェアプレー」とかで獲ったトライを取り消される始末。
あんなん、初めて観ましたよ、ホントに(笑)
日本で観られる試合は、22日に花園ラグビー場で行われるフィジー戦を残すのみ。
お願いだから、楽しくて、面白くて、興奮できる試合をやってくださいね。
1999年5月5日(祝)
ついに今日でGWも終わり。。。
みなさんは、どこか行かれましたか?
私は、昨日になるのですが、吉祥寺のSTAR PINE'S CAFEというライブハウスで行われた
「LIVE IN AZARACITY」に行ってきました。
私が観に行くのは2回目だったのですが、やっぱり凄い人達です。。。
あ、簡単にメンバーを紹介しておきますと、
Dr.鎌田清、G.佐橋佳幸、G.小倉博和、B.有賀啓雄、Key.柴田俊文、Key.斉藤有太
Sax.山本拓夫、Per(昨日は壺担当・謎).大石真理恵・・・・そして凄いゲスト陣。
もう、聴き入ってしまいました。すごいですよ、ホントにこの人達は。
詳しい(?)ライブレポートは、また今度書きますね(ホントか?>おいら)
さて、とても天気の良かった連休だったので、私は洗濯しました、思いっきり。
あんなにまとめていろんな物を洗濯したのは、、、いつ以来だろう?(苦笑)
たくさん洗濯して、たくさん干したから、、、物干し竿が折れました(核爆)
や、木ですよ、木。木製の物干し竿だったんです。
古くて、雨ざらしになってて、「やばいな」とは思っていたのですが、
「これくらいなら大丈夫だろう」っていう軽い気持ちで干したんです。
でも、、、あとでベランダを見たら、、、あれ?干したはずの物が無い。。。。
なんか、見事に真ん中から折れてました(爆)
やっぱ、ステンレスじゃないとダメみたいですな(笑)
てことで、早速新しい物干し竿が導入されたのでした。
1999年5月1日(土)
今日は、あの方の命日です。
世界を熱狂の渦に巻き込んだその走りは、今でも語り継がれています。
私は、結局それを自分の目で確かめることはできませんでしたが、
深夜のブラウン管を通して、そして雑誌などで見たその人の勇姿は、絶対に忘れないでしょう。
あの人が長年操っていた赤と白のマシンは、今はシルバーアローに姿を変えましたが、
彼が築いたものは、確実に受け継がれているようです。
今走っている全てのドライバーの心の中にも、彼への想いがあることでしょう。
彼は今でも、自分が逝ってしまったサーキットの片隅にたたずんでいます。
その顔は、物思いに耽って、どこか憂鬱そうです。
まるで、今の混沌とした世界を憂っているかのように。。。。
私もいつか、彼に逢いに行きたいと思います。
戻る